
家族が突然逮捕された。起訴されて刑事裁判を受けることになった。
刑事裁判のことなど何も分からない。弁護士に知り合いなどいない。
これは、横浜周辺で、信頼できる刑事弁護士を探している方のためのページです。
裁判員制度に、色々と問題があることは、多くの弁護士が指摘しています。その多くについて、もっともな指摘だと思います。延期または廃止した方が良いというのも、十分にありえる見解だと思います。
しかし、裁判員ということで、一般の人の考えが司法の場に入ってくることは、それはそれでメリットがあると思うんですね。特に、裁判の量刑のところで、世間の常識を裁判に入れるのは意味があるのではと感じています。
昨日、子どもを置き去りにして殺した母親に懲役6年の判決が出たというニュースを見ました。これなんか、私の感覚だと軽すぎて信じられないという気はします。親は子どもを自由に「処分」してよいという、浦和充子事件以来の悪しき法曹界の慣習が残っているのではと思わざるを得ません。
一方、私が経験した事件で、1万円札をカラーコピー機でコピーして、買物しようとしたが見破られて未遂に終わった、なんていうのがありましたが、これは前科など全く無い人でしたがいきなり実刑でした。国家を転覆させるような「通貨偽造」ではなく、コピー機でちょっと作りましたというのを、いきなり実刑というのは、世間の感覚としてどうなのかと思います。
何にしましても、現在の量刑は、単に法曹界の内部で決められているだけで、一般人の常識が反映されていないことは、間違いのない事実だと考えています。それを是正する一助として、裁判員制度にも良い点はあるのではないかと思うんですね。
多くの弁護士が裁判員制度に反対する理由は、自分達が市民のためと主張してきたことが、現実には市民に受け入れられていなかったのだという事実を、明白に突きつけられるのが怖いからだと、私は考えています。多くの弁護士が、それを認めずに反対運動をするものですから、裁判員反対の論調は、常識はずれなものになっているんじゃないかと感じています。
私は刑事事件を多く手がけている関係で、警察や検察作成の調書を良く読むんですが、これがなかなか面白い。調書の内容を漏らしたということで、最近大問題になった事件もあることですので、当たり障りないことだけ書きます。
警察の調書のなかに、「うまいなあ」と感心するようなのがたまにあるんですね。
娘を殺された母親の調書で、娘の思い出を淡々と述べた調書がありました。「幼いとき、私の手を握ってきた娘の手の感触を忘れられません。小さな、暖かい手でした。」といった感じで終わってるんです。声高に犯人を弾劾されるよりも応えます。
少年事件の調書で、「お腹がすいたので、夕食代わりにコンビニで「うまい棒」を15本買って食べました。」なんていうのもありました。私もジャンクフードが大好きで、子供が食べている「うまい棒」を一緒に食べたりしますが、15本買って食べようとは思いませんね。その少年の普段の生活が目に浮かんでくる気がします。
私の意見ですと、警察の調書は町の定食屋さんの料理ですね。凄く美味しいものもある一方、しょうもないものも沢山あります。
それに対して、検察の調書の方は、ファミリーレストランの料理でしょうか。味は標準化されていますが、それほど面白いものもないような気がします。
私は別に人権派!の弁護士のように、警察権力を目の敵にしようなんて考えたこともありません。ただ、警察官は玉石混交といいましょうか、随分と酷い人がいるのは間違いないですよね。
被疑者や被告人の話を聞いても、相当強引な取調べをしている警察官が相当数いるようです。私が直接話した警察官にも、どう見ても暴力団の人ではないかと思わせる人もいました。
ところが一般市民からは、刑事さんというのは結構信頼されてるんですね。
先日タウンページの広告を見たという方から問い合わせがありました。私が、刑事弁護に経験があるといったことを書いていたのを読んで、何故だか知りませんが、「刑事をしていた人が弁護士になった。」と思い込んだようでした。
「いろいろ弁護士さんがいて、どこにすれば良いのか分からなかったんですけど、刑事の弁護士って書いてあるんで、これしかないって思ったんですよ。やっぱり、刑事さんをしていた方なら信頼できますから。」
まあ、市民の声は天の声ですから、甘んじて受けるしかないでしょう。しかし、どうにも不満なのは、刑事さんたち自身、同じように考えていることなんですね。
依頼者のために、暴力団員を告訴した事件がありまして、ある刑事さんに大変お世話になりました。そのとき、その刑事さんに言われたんです。
「非常に多くの刑事が、弁護士は金のために悪人の味方をする悪い奴らだって思っていますけど、私は必ずしもそんな風には思っていないので安心してください。」
よっぽど私も、「非常に多くの弁護士が、警察は権力の味方をする悪い奴らだって思っていますけど、私は必ずしもそんな風には思っていないので安心してください。」と言い返したかった。
しかし、にっこり笑って、「ありがとうございます。よろしくお願い致します。」とだけ言いました。でも、笑いが少し引きつっていたのでした。
独立開業するに当たり、刑事弁護を主たる業務にするつもりだと報告したところ、何年も前から個人事務所を開いている従兄弟から忠告を受けました。「刑事事件なんてあんまりやると、暴力団と関係ができたりするから止めといた方がいいぞ」という忠告です。
これまで刑事弁護を業務の中心にすえて仕事をしてきましたが、暴力団との係わりは2件ありました。これが多いのか少ないのかは、良く分かりません。
一件目は、暴力団の人からの弁護依頼です。電話で話があり、事務所まで来てもらったのですが、「私の力に余ります」ということで、結局はお断りしました。
「先生、逃げ腰じゃありません?」なんて言われたりもしましたが、全般的にとても静かに話していて、特に暴力団だと強く感じさせるものはありませんでした。逆にいうと、それだからこそ怖いのだという気もしましたが。
二件目は、暴力団プラス暴力団の顧問弁護士とのやり取りです。その弁護士というのは、元検事の相当高齢の人です。警察から教えてもらったところでは、暴力団専門の弁護士で、暴力団のパシリのような仕事で、一般人を脅して生活しているようです。実際、私は脅されている側の依頼を受けてやり取りしましたので、警察のいうことに特に疑問の余地もないと考えています。
勝手に想像を逞しくすると、こんなところでしょうか。若いころは正義感に燃えて検察官になった、その後弁護士になって、刑事事件を中心に行うようになった、刑事をやっているうちに暴力団からの甘い話もでてきた、年をとって仕事が取れなくなるに従い、暴力団の用心棒のようなことを専門にするようになってきた。まあ、当たらずと言えども、遠からずだと思います。
私の従兄弟が心配してくれたのも、恐らくこういうことなのだと思います。私も、刑事弁護を仕事の中心にする以上、十分に注意していきたいと思いました。
訳のわからないタイトルですが、要は「検察を制するものが、刑事示談を制する」という話しです。
私選で起訴前弁護をする場合、示談が非常に大きな意味を持ちます。そして、示談が出来るかどうかを左右する一番の要因は検察にあるということです。
これは、多くの弁護士が知っていることですが、何故か誰も話しませんし、本にも書いてないんですね。
まず、示談をしたいと思っても、通常、被害者の名前も連絡先も分かりません。これは被害者の同意を得た検察から教えてもらうしかないんですね。つまり、最初に被害者側にコンタクトできる検察が、被害者に何と話すかによって結果が全く違ってくるのです。
高校生への痴漢で、親が怒っていて、弁護士に連絡先を教えることなどできないと言われていた事件がありました。ところが、新たに担当になった検察官が話したところ、すんなりと連絡もとれ、最終的に許してもらえたことがありました。後の検察官からも、「前の人はどういう話し方をしてたんでしょうねぇ」なんて言われましたが、まさに私の実感でもあります。
「弁護士が話したいと言ってるけど、どうします? 別に話すことも無いでしょうけど」なんて言い方を検察にされたら、普通の被害者なら、「そうですね」と答えるでしょう。
これに対して検察が、被疑者の反省、被疑者の妻・母・子供の苦悩、誠意の表れとしての賠償金などを説明して、「話しを聞くだけ聞いてみたらどうでしょう」といってくれれば、会ってもらえる可能性は増し、その後の示談にも良い影響があるのは間違いないところです。
こうなりますと、弁護側としては、検察側が被害者に被疑者側の状況を伝えられるような情報提供をすると共に、被害者に対して親身な話し方をしてくれるように、人間関係を良くしておくことが重要になります。さらに、可能ならば、被害者をどの様に説得するのかについて、演技指導!までしたいところです。
私など、示談がうまくいかないときに、検察官に泣きついて、被害者と話してもらったこともありました。「一般論しか話せないよ」と言われましたが、当方の示談額など、相場に比べても随分とよいものだと分かるように被害者に話してくれたようで、一気に早期示談が成立したこともあります。弁護士に対しては、騙されるのではないかと構えている被害者も、検察官なら信頼するということは、残念ながらあるんですね。
このように、示談のために検察と友好関係を築こうとすると、戦うべきときにも戦えなくなるということはあるでしょう。そのことが、将来の刑事司法にとってマイナスだろうということも理解できます。
しかし、私としては、将来の司法制度より、現在自分を信頼し、事件を依頼してくれたお客様のために、一番有利になる方法を選ばざるをえないと考えています。
私のホームページを見たという方から相談を受けました。他の弁護士に依頼している刑事事件について、納得がいかないので相談に乗ってほしいとのことでした。
ほかの弁護士がやっている案件に、私が横からあれこれ言うのはいやだと、一度は断ったのですが、「ホームページを見て、とても親切な先生だと感じました。どうしてもお願いしたいんです。」ということでしたので、会って話を聞いたんですね。
問題の弁護士というのは、とても有名な方でした。しかし、お客様はその弁護士の対応に、強い不信感を持たれているようです。
ところが、話を聞いて、資料など見ますと、その弁護士の対応に何らの問題があるとは思えないのです。とても良い仕事をされているように感じました。
そこで、お客様が不満に思っている点などに関して、「これはこれこれこういう分けで、こういう対応をしたのですよ」と説明してあげたわけです。そうしたところ、お客さんも、なるほどと納得してくれました。
私が、「何故その弁護士に質問しなかったんですか。私に聞くより、自分でやった仕事なんですから、よっぽど良く教えてくれたでしょうに」と言ったたところ、「質問すると怒りだして、それならもう自分は降りると言い出すので、怖くて聞けなかった」というのが回答でした。
「何がどうなっているのか教えてくれない」
「質問すると怒り出すので怖くて聞けない」
という弁護士への不満を聞いたのは、これが初めてではありません。相当多数の弁護士利用者の持つ不満ではないかと思います。
どんなに良い仕事をしても、説明が不十分だと、お客様の非常に強い不満の原因になるのだということは、私自身肝に銘じておきたいと思います。
先日、私の刑事裁判のホームページを見て、親族の弁護のことで相談してきた方がおられました。結局、被告人ご本人が国選を頼むということで、私は受任しないで終わった案件なのですが、その後再びその親族の方から電話をいただきました。
電話の内容は、その国選弁護人についてです。
「保釈申請をお願いしたところ、国選弁護人は保釈などしないと言って、とりあってくれなかった。どうしてもと頼んだところ、保釈申請をしてくれて、即決裁判の事件ということもあり保釈は認められたが、その国選弁護士が、保釈の報酬と実費ということで、相当のを請求してきている。そのようなものを払う必要があるのか」という相談でした。
その弁護士というのは、横浜弁護士会の所属で、名前も教えてもらいました。(もちろん、一方当事者から聞いただけの話ですし、公表しようなどとは夢にも思いませんが。)
こういう話を聞くと、同じ弁護士として、本当に嫌な気分になります。国選事件というのは、半分はボランティアのようなものではなかったのでしょうか。
これから、弁護士の人数も増えていき、好む好まないにかかわらず、弁護士の世界もどんどん変化していくと思います。ついていけない弁護士で、不正に手を染めるものも増えていくかもしれません。
私は刑事弁護を多く手がけていますので、勾留されている被疑者の起訴前弁護も良く依頼されます。例えば、夫が痴漢や傷害で逮捕された奥さんなどからの依頼が十数件ありました。
弁護士なら誰でも知っているとおり、勾留が認められるには、勾留の理由が必要です。住居不定、罪証隠滅の恐れ、逃亡の恐れの3つの理由が法律で規定されています。
ところが、現実の運用ということになりますと、この規定は99%無視されているんですね。一流企業に勤めていて、家族のある男性が、たまたま電車で近くにいた女性に痴漢をした場合でも、なぜか罪証隠滅の恐れあり、逃亡の恐れありということで、勾留されてしまいます。
ここまでは、特に異論の無い現状認識だと信じます。問題は、何故そのような法律無視の運用がなされているのかという理由と、そういう中で弁護士としてどの様な対応をするのかという点です。
法律無視の運用がされている理由として、権力は悪であり、国民を苦しめ人権侵害をすることを目的にしているからだ、という説があります。裁判官や検察官も、悪の権力に取り込まれ、魂を売ってしまい、このような人権侵害行為に加担するようになるそうです。権力が、そういう悪いことをすることによって、どういうメリットがあるのかは不明です。一般の人には冗談に思えるかもしれませんが、恐らくこれが弁護士の多数説です。
これに対して、私の考えは違います。大多数の一般市民は、逮捕勾留について、@悪い人を懲らしめるため、A閉じ込めて、これ以上悪いことをさせないため、B警察がしっかりと取り調べるため、のものだと考えています。これは、新聞などの論調や、私自身が一般の人と話した経験からまず間違いないものと思います。
つまり、一般市民の考えと、法律の規定の間に、非常に大きな開きがあるのが現状です。その開きを、法律の運用ということで埋めているのが、検察官、裁判官だと考えます。世論の後押しを無意識にでも感じているからこそ、明らかな法律違反でも平気で行えるのだと思います。
さあ、それならどうすれば良いでしょうか、というのが次の問題です。
現在多くの弁護士によって採られている対応は、勾留に対して準抗告や勾留理由開示をして、その違法性、不当性を争うというものです。残念ながら、ほとんどの場合、成功しているとは言えないと思います。
私は、違法な実務の運用がここまで固まった以上、それを是正するには立法によるしかないと思います。国民の世論を味方につけて、勾留を取り調べのためや、懲らしめのために使ってはいけないのだと明確に規定しない限り、この問題は解決しないと思うのです。
しかし、そのためには、普段は「人権」のことなんて考えていない一般市民の人たちに、一から説明する必要があります。自分達弁護士の考えが、市民から支持されていなかったのだという現実に向き合い、それを乗り越える必要があります。そんな大変なことをするよりも、「国民は被害者。悪いのは権力者。僕らは弁護士正義の味方!」という夢を見ながら昼寝をしていたいというのが、弁護士業界の現状ではないでしょうか。
ちなみに私の場合、痴漢や傷害などで勾留されている被疑者や家族には、勾留の規定と現実の運用について説明した後、何とか被害者にお詫びし、損賠賠償を受けていただき、許してもらうことで、早く釈放してもらう方向を提案します。
「自分の娘が被害者だとしたら、犯人を閉じ込めておいて欲しいと言うはずです。法律がどうであれ、被害者に許してもらうことで、早く出して貰えるようお願いします」というのが、大多数のお客様の声でした。
刑事弁護の相談でいらした方に、私が最初に必ず言うことがあります。 それは、「被害者がいる場合には、誠意をもって謝るとともに、損害を賠償することが一番大切です。 お金が十分に無いのならば、弁護士を頼むのを止めても、被害者にお金を払う方が良いですよ」ということです。 実際、100人の有能な弁護士を付けるよりも、被害者に賠償した方が、はるかに弁護活動としての意味は大きいのです。 被害者に賠償するときに、「金さえ払えばいいんだろう」などという態度をとっては、まとまる話もまとまらなくなることは言うまでもありません。 誠意をもって謝る必要があります。 しかし、いくら誠意をこめて謝っても、それをお金という形で現わさなくては、被害者に誠意が届かないことも事実だと思います。 ただ単に「謝りたいので会って下さい」などといわれても、被害者としては良い迷惑に思うだけです。 損害を賠償し、金銭面でお詫びの気持ちをあらわすことによって初めて、被害者としても会って話を聞いても良いかなという気持ちになるのです。 お詫びを受け入れても良いかなと思うのです。 この辺のことは、世間智のある人なら、当然分かっていることだと思うのですが、意外なことに弁護士でも分かっていない人がいるようです。 「誠意とお金は車の両輪」というのは、刑事弁護覚書の最初に持ってきても良い教訓だと考えています。
刑事弁護を行う中で、弁護士ならほぼ全員、こんなことをやってもほとんど意味がないな、という弁護活動があります。 また、家族の方への連絡についても、何の進展もない場合など、連絡しても意味がない場合もあるわけです。 このようなときに、そういった客観的には意味のない活動を行わない弁護士もいます。 正直なところ、私も全く無意味だと思われることをやるのは、気が進まないこともあります。 しかし、お客さんの立場からすると、何が何だか良くわからない状況の中で、考えられることは何でもやっておきたい。 万分の1の可能性でもあれば、それにかけてみたいと思うのは、当然のことでしょう。 本人や家族にとって、安心感を与えるという意味では、どんな弁護活動も決して無意味なものなどありはしないのだという信念をもって活動していかなければと思っています。
裁判で、罪を認めている被告人の弁護をするときには、必ず「被告人は十分に反省しております」と言います。 しかし、中には、弁護士の立場から見ても、本当に反省しているのだろうかと、疑問に思う人もいるわけです。 私が弁護した事件で、一番あきれたのは、お酒を飲んで裁判所に来た被告人です。 その裁判というのが、酔っ払い運転の事件ですから、まったく反省していないといわれても、返す言葉がありません。 被告人の為に、「被告人は十分に反省し、2度とこのようなことはしないと決意しております」と弁論したんですが、自分でも気恥ずかしくて、下を向いてしまいました。
法律自体にも、法律の教科書にも載っていないので、普通の人はあまり知らないことですが、懲役刑の長さなど、2ヶ月単位で長くしていく裁判官が多いそうです。 たとえば、懲役8ヶ月の次は、9ヶ月ではなくて10ヶ月なんですね。 私が修習をしていたとき、裁判官は、懲役8ヶ月にすべきか、10ヶ月にすべきか悩んでいる事件がありました。 そんなことを悩まないで、懲役9ヶ月にすれば良いじゃないですかと、進言したのですが、奇数の月数には普通しないものだと教えてもらいました。 なんだか、あんまり意味のない慣習のような気がするのですが。 最もその後、奇数の月数の判決をもらったこともありますから、この辺の慣習も少しずつ変わってきているのかもしれません。
放火だとか、殺人未遂といった、ある程度重大な事件の弁護をすると、マスコミ取材されることがあります。 「被告人は、なんて言ってるんですか」などと聞かれるわけですね。 しかし、被告人から得た情報を、本人の許諾なく、マスコミに話すのは、どうもまずい気がして、私は一度も回答したことがありません。 よくテレビなどで、重大事件の弁護人が、被告人の言ったことについて、詳しく話しているのを見ることがあります。 私なんか、あれはまずいんじゃないかと思うんですが、特に弁護士会などでも問題になっていないようです。 それとも、本人の承諾を得て、取材に応じているのでしょうか?
通貨偽造事件の弁護をしたことがあります。 通貨偽造というと、大犯罪のようですが、実際に被告人がしたのは、コピー機でお札を両面コピーしたというものです。 全部で1万円札10枚程度だったはずです。 本人は、他人の保険証をコピーのうえ偽造しようかとも考えたそうですが、手っ取り早くお札をコピーしたようです。 本人には、それほどの大犯罪を犯したとの意識は無いようですが、通貨偽造というのは、大変重い罪です。 何十万円騙しとっても、前科が無い場合は執行猶予がつく可能性が高いのですが、お札をコピーした場合には、まず間違いなく実刑判決が出ます。 昔は、通貨偽造といえば、国家権力に対する組織的な大犯罪でしたから、重い刑で当然でしょうが、お金をコピーしただけの通貨偽造がほぼ必ず実刑というのは、 普通の市民の感覚から見て、重すぎるのではないかと思うんですが、どんなものでしょう。
被告人が国選の弁護士と喧嘩したので、代わりに弁護を引き受けて欲しいと、裁判所から依頼されたことがありました。 犯罪から考えると、どうしても懲役の実刑になると思われる事件でしたが、 被告人は、何とか罰金刑になるようにしろと主張して、それが理由で、前の弁護士とも衝突したようです。 正直私も、引き受けるにあたって、気が重かったのです。 ただ、問題を起こすのも嫌なので、相手の話を良く聞いて、その意向に沿った形で弁護活動を行ないました。 結果は、思ったとおり懲役の実刑判決でした。 恨まれたらどうしよう、なんて心配していましたが、その被告人は刑務所からの年賀状で、 大変親身に弁護してくれたと、感謝の気持ちを伝えてきてくれました。 たとえ望ましい結果は得られなかったとしても、真剣に対応すれば、そのことは被告人にも通じるのだなと感じました。
被告人が無罪を主張している以上、弁護士としても出来る限り力になりたいと思うのが通常のことです。 しかし中には、これで無罪だといわれても、弁護の仕方にこまるといったケースもあります。 私がやった事件で、覚せい剤で何度も裁判を受けたことのある人が、 再び覚せい剤で裁判を受けたというものがありました。 既に尿の検査がなされており、覚せい剤が検出されているのですが、 被告人は、頑として無罪を主張しています。 もちろん、無罪だという主張のもと弁護したのですが、こういう弁護は、なかなか難しいものです。
裁判で被告人の為に証人になってくれる人は、良かれと思ってでしょうが、 必ずしも正しくないことを言ったり、重要な事実を隠していたりすることがあります。 後からそういうことがばれるとまずいので、予め弁護士としても確認をとっておくようにします。 しかし、うっかり油断してしまうこともあるんですね。 妻が交通事故を起こしたとき、夫に情状証人になってもらい、 今後は妻の運転をしっかり監督していくなんて話をしてもらいました。 ところが、この夫の方も、交通違反の常習者だということが、検察官の尋問のときに明らかにされました。 私がしっかり調べなかったのが悪いのですが、こういうのは弁護人として恥ずかしいものです。
法律をやっている人は、言葉を正確に使います。 たとえば、一般的には起訴されて裁判を受けている人のことを「被告」と呼びますが、 正確には「被告人」という必要があります。 「弁護士」と「弁護人」という言葉も、それぞれ違っていますして、 通常は「刑事弁護人」とは言っても、「刑事弁護士」とは言いません。 刑事弁護士と聞くと、違和感を覚える弁護士の方が多数派だと思います。 このホームページの中で、刑事弁護士という言葉を使うのはどんなものかなと、少し悩みました。 しかし、法律に詳しくない知人などは、刑事事件を扱う弁護士を「刑事弁護士」 といって少しもおかしくないとの意見でしたので、専門家でない人に、少しでも通じやすい言葉にしようと考えました。
依頼者の方から、力のある弁護士についての話を聞いたことが何度かあります。 大抵は、元検察官の弁護士だそうで、検察に強いコネクションがあって、少々無理な事件でも、 不起訴にしたり、保釈を勝ち取ったりする力を持っているとのことです。 多くの弁護士は、こういった話をはなっから信用していません。 依頼者が力があると誉めている弁護士が、弁護士の間では、いい加減なことばかりしていると、評判が悪い場合もあります。 検察官に聞いても、「元検察官なんていくらでもいるのに、 そんな知りもしない人間に特別の便宜を図るわけなどないではないか」という答えが返ってきます。 常識的にはそのとおりだと思います。 私も、そんな特別な力のある弁護士など居るわけがないと思う一方、ひょっとしたら何かしらあるのではないかと少しだけ考えてしまうのです。
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